みなさんこんにちは!ポロンノゆるっとキャンプ略してポロキャンです!
まず最初に。
今回、琵琶湖でルアー回収中に亡くなられた男性と、そのご家族・ご友人に、心よりお悔やみを申し上げます。
この記事は、誰かを批判したくて書いているわけではありません。
釣りもするし、キャンプもする、同じアウトドア好きの40代として、今回の出来事がどうしても他人事に思えなくて。 「自分ならどうしたか」——そのことを、正直に書いておきたいと思いました。
この記事のポイント
・ルアーを回収したくなる気持ちを否定しない
・アウトドア全般に通じる「やめる判断の難しさ」を考える
・感情論ではなく、同じ立場の人間として思うこと
それでは早速いきましょう!
鉄板ルアーを失う気持ち、私にはわかる

釣りをやっている人なら、絶対にわかると思うんです。
「これがあれば釣れる」という、自分だけの鉄板ルアー。
値段は3,000円〜5,000円するものも珍しくない。しかも廃盤になったカラーだったり、もうどこにも売っていないモデルだったり。そういうルアーって、値段以上の「重さ」があるんですよね。
私も昔から釣りをしていて、家族と行った海キャンプで竿を出したり、湖畔のキャンプ場でのんびりキャスティングしたり。今でもたまに釣りをします。
そして、正直に言います。
もし私の大切なルアーが根掛かりしたら、取りに行こうとするかもしれない。
だからこそ、今回の事故が胸に刺さりました。
琵琶湖3月の水温は、想像以上に体を蝕む
今回の事故で亡くなった男性は45歳。ウェットスーツと空気ボンベを装着した上で潜水していました。
装備があっても、冬の湖の水温は一桁台。体温は静かに、しかし確実に奪われていく。
冷たい水の中では、体が正常に機能しているように感じていても、思考力・判断力・筋力は静かに低下していきます。
「大丈夫」と思っているその感覚自体が、すでに低体温症の初期症状であることがあります。
これは責める話じゃない。
「装備があるから行ける」という判断が、どれだけ自然な流れでできてしまうか。
私にも、その思考の流れは想像できるんです。
アウトドアで一番難しい判断は「やめること」
キャンプをやっていても、同じ場面って、実はあります。
アウトドアで経験する「やめる判断」
・天候が怪しい……でも「せっかく来たし」と設営を続ける
・体調が優れない……でも「もったいない」と無理して泊まる
・クマの目撃情報が出た……でも「大丈夫だろう」とキャンプを続ける
・装備が十分でない……でも「これくらいなら」と強行する
どれも、やめる理由はある。でも「続ける言い訳」の方が、心の中では大きく見えてしまう。
これは、人間として自然な心理だと思います。
北海道でキャンプをしていると、この「判断の難しさ」に何度も直面します。
2018年の胆振東部地震を経験してから、私は「大丈夫」という言葉を、前より少しだけ疑うようにしました。
あの夜の停電の中で、「こんなことが本当に起きるとは」と思った経験が、どこかで私を変えたのかもしれません。
「回収しない勇気」は、諦めじゃない
ルアーは、また買える。
廃盤モデルなら、フリマアプリで探せるかもしれない。似たカラーを試したら、案外釣れるかもしれない。
でも、「またあの湖に行く」ことは、今日ここに帰ってきた人にしかできない。
アウトドアで「やめる判断」を助ける3つの問い
・「今の自分の状態で、これを安全にできるか?」
・「最悪の事態が起きたとき、誰かに迷惑がかかるか?」
・「今日やめたとして、また来ることができるか?」
この3つを、一息ついて考える。
それだけで、判断が変わることがあると思います。
まとめ|アウトドアを長く続けるために
今回の事故をきっかけに、私が改めて思ったこと。
同じアウトドア好きとして、伝えたいこと
・ルアーを回収したくなる気持ちは、釣り人なら誰でも持っている
・でも、自然は「こちらの都合」で優しくなってはくれない
・「やめる判断」は、弱さじゃなくてアウトドアの技術のひとつ
・今日帰ってきた人だけが、また明日キャンプや釣りに行ける
批判したいわけじゃない。
ただ、40代の同世代として、「自分も明日は他人事じゃないな」と感じた。
それを、正直に書いておきたかっただけです。
亡くなられた男性のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
それでは皆さん、賢く『ゆるっと』豊かなアウトドアライフを!

