みなさんこんにちは!ポロンノゆるっとキャンプ略してポロキャンです!
好きだったはずの外遊びなのに、クマのニュースが続くと、山や外に足を向けるのがこわくなってくる。かといってアウトドアそのものを手放したいわけでもない。どこで線を引けばいいのか分からず、立ち止まっている方もいると思います。
少し前の私が、まさにそうでした。私は迷った末に、山菜採りはやめて、キャンプは続けることにしました。その分かれ目になったのが、こわさの大小ではなく「自分で安全を保てるかどうか」という考え方です。その線引きを、失敗も含めてお伝えします。
この記事のポイント
・「怖いから全部やめる」でも「なんとなく続ける」でもない、私なりの分け方
・山菜採りをやめた理由は、藪の中では自分の安全を保ちきれないと感じたから
・キャンプを続ける理由は、場所選びと情報で安全を確保しやすいから
・道具は最後の備え、その前に「遭遇しない状況を選ぶ」という順番
・自分と違う選択をする人を、私は裁かないという立場
自分の線引きが定まると、こわさに振り回されず、好きな時間だけは手放さずにいられます。あなたが自分なりの線を引く、その入口になればと思って書きました。
クマスプレーは種類や携行の仕方で迷いやすいので、選び方は別の記事にまとめています。
それでは早速いきましょう!
「山菜採り中のクマ被害」が続く夏に
今年は春から夏にかけて、山菜採り中にクマに襲われたという被害が各地で報じられています。単発の事故というより、季節を通して続いているのが今年の印象です。
去年あたりから、私の住む北海道でも、身近に目撃情報が増えたと感じます。ニュースを他人事だと思えなくなったのは、私自身が昔、山菜採りをしていたからでした。
以前の私は、姫竹(ネマガリダケ)や行者ニンニク、うどを採りに山へ入っていました。磯釣りにもよく出かけていました。自分で採った山菜は、新鮮さも量も、街で買うものとは違う満足感があります。だからこそ、山菜採りは「こわいから簡単にやめられる」ものではないと、私は身をもって感じています。
私が山菜採りをやめた理由
山菜採りをやめた理由は、私の中でははっきりしています。採ることに夢中になると、あっという間に自分がどこにいるか分からなくなるからです。
藪や草が深い場所は、とにかく視界が狭い。すぐ近くの様子さえ、まったく見えないことがあります。その狭さの中では、近くに何かがいても気づけないのではないか、と私はこわくなりました。
ここは正直に書いておきたいのですが、私自身がクマと至近距離で向き合った経験があるわけではありません。あくまで、藪の中の視界の狭さから、私がそう感じているという話です。
正直に言えば、クマが理由のすべてではありません。子どもが小さいころは一人で山に入るのが難しかったし、山谷そのものへの怖さも昔からありました。ただ今の本音は、クマがこわくて行きたいのに行けなくなった、というところにあります。よく行っていた磯も、クマが出ると聞いてから足が遠のきました。
道具を持っていても、こわいものはこわかった
私はクマ鈴とクマよけスプレーを持参して山へ入っていました。それでも、こわさが消えることはありませんでした。
これは道具を否定したいわけではまったくありません。ただ私の中では順番が変わりました。道具は最後の備えで、その前にまず「遭遇しない状況を選ぶこと」の方が大事だ、という順番です。
私の中で整理した順番
・まず、出没情報を確認して入る場所・入らない場所を選ぶ
・見通しの悪い藪や、人の入らない場所には深入りしない
・クマ鈴やスプレーは、あくまで最後の備えとして携行する
私は山を知らない素人です。山に慣れた方や、生活のために山へ入る方は、自分なりの見極めを持っているのだと思います。私は「こわいからやめる」を選べた側にすぎません。続ける人を軽く見る気持ちはありませんし、山菜採りが暮らしの一部になっている地域では、そもそも簡単な選択ではないとも思っています。
それでもキャンプをやめないのは、安全を保ちやすいから
一方で、私はキャンプはやめませんでした。理由はシンプルで、キャンプは自分で安全を確保しやすいと感じているからです。
山菜採りは、藪の中に一人で入る以上、自分の安全を自分で保ちきれない場面があります。でもキャンプは、どこに行くか、どんな場所を選ぶかで、こわさを減らせる余地が残っています。同じ「山や外に出る活動」でも、自分で守れる幅がまったく違うのです。
今は電気柵のあるキャンプ場や、出没があればすぐに情報を共有してくれるキャンプ場が、以前より増えたと感じます。去年あたりからこうした流れが一段進んだ印象で、対策意識の高い場所を選びやすくなりました。
私は昔、誰もいない無料のキャンプ場にも平気で行っていましたが、今はある程度整備された場所を選ぶようになりました。家族もいるので、なおさら場所選びは慎重になっています。キャンプ場でクマ鈴を鳴らすのは他人の迷惑になるので、そこまでしなくていい場所を選ぶこと自体が、私にとっての工夫です。
「やめる基準」と「続ける基準」を分けて考える
こうして書き出してみると、私がやめた活動と続けた活動の違いは、こわさの大きさではありませんでした。分かれ目は、その活動の安全を自分の側でコントロールできるか、でした。
山菜採りは、藪に入った瞬間から状況を自分で選べません。キャンプは、入る前の場所選びと情報でかなりの部分を選べます。同じ「こわい」でも、自分で手が届くかどうかが違う。私はそこに線を引きました。
私が引いた線引き
・自分で安全を保ちきれない活動は、いったんお休みにする
・場所選びや情報で安全を確保できる活動は、工夫しながら続ける
・どちらも「こわいか、こわくないか」ではなく「守れるか」で決める
これはあくまで、私に合ったやり方です。どこで線を引くかは人それぞれで、続ける人にはその人の見極めがあります。私の両親は今も、深く潜らないなどの工夫をしながら山菜採りを続けていて、それはそれで一つの向き合い方だと思っています。
まとめ:こわさで手放すのは、もったいない
こわさだけを理由に、好きだった時間を丸ごと手放してしまう。それはやっぱり、もったいない気がしています。
だから私なら、「こわいか、こわくないか」で全部を切らずに、「自分で安全を保てるか」で一つずつ仕分けます。その結果、山菜採りは今はお休み、キャンプは続ける、という形に落ち着きました。全部をあきらめるのでも、無理に続けるのでもない、その中間に自分の居場所を見つけた感覚です。
もちろん状況が落ち着けば、山菜採りにまた戻るきっかけがあるかもしれません。今の私はここに線を引いた、というだけの話です。どこに引くかは、あなたが決めていい。私はそう考えています。
クマとの向き合い方は、季節ごとに別の記事にも書いています。
それでは皆さん、賢く『ゆるっと』豊かなアウトドアライフを!


