みなさんこんにちは!ポロンノゆるっとキャンプ略してポロキャンです!
先日、千葉県の海の河口付近で、3人が乗った水上バイクが転覆したというニュースがありました。
投げ出された1人が、今も見つかっていないと報じられています。
現場には当時、波浪注意報が出ていたそうです。
まずは、行方が分からなくなっている方が、一日も早く無事に戻られることを願っています。
私自身は北海道でキャンプをしていて、夏になるとその延長で、水上バイクにも乗ります。
ニュースのコメント欄には「無謀だ」という声がたくさん並んでいました。
そう感じるのは当たり前だと思いますし、私も乗らない立場なら同じように書いていたかもしれません。
ただ、実際に乗っている私がこわいのは、そことは少し違います。無茶をしていなくても、水上バイクはあっけなくひっくり返る。乗る側として、それを知っているからです。
今日は誰かに何かを教えるのではなく、乗る側の私がこのニュースで考えたことを、そのまま書いてみます。
この記事のポイント
・「無謀だ」と感じるのは自然なこと。そのうえで、乗る側にしか見えない事実を知れる
・上手い下手の前に、水上バイクは簡単にひっくり返るという乗る側の実感が分かる
・楽しさを知っている私が、どこで「今日はやめておく」と線を引いているかを共有します
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それでは早速いきましょう!
攻めたくなる気持ちも、「無謀だ」と思う気持ちも、正直どちらもわかる
正直に打ち明けると、水面に向かって攻めた乗り方をしたくなる気持ちは、乗る側としてよくわかります。
免許を取り立ての頃は、ただ水の上を動かしているだけで十分に楽しかった。
それが年数を重ねると、もう少し刺激のある走らせ方をしたくなってくるんです。
水面が穏やかな日に、ただまっすぐ走らせているだけだと、だんだん物足りなくなってきます。
それでもスピードを出せば、ちょっとした波でも体がふわっと浮きます。
その浮く感じがもっとほしくて、つい大きくカーブを切りたくなるんです。
だから波に向かって飛んでいく人の気持ちを、私は頭から否定できません。
キャンプの延長で湖や海に出て乗る時間には、日常から切り離された特別な非日常感があります。
その楽しさを知っているぶん、もう一段引き上げたくなる感覚も、身に覚えがあるんです。
一方で、ニュースを見て「そんな無謀なことを」と感じる気持ちも、私にはわかります。当たり前の受け止め方だと思います。
どちらの気持ちも本物で、そのどちらもが同じ私の中に居ます。
でも、上手い下手の前に、水上バイクはひっくり返る
ただ、乗る側だからこそ、はっきり言えることがあります。
急なカーブを切ったとき、うまく曲がれるどころか、逆にひやりとして、ひっくり返りそうになることがあるんです。
波が出ている日は、横から一発当たっただけで、体勢はあっさり崩れます。
しかもこれは、水面が穏やかに見える日でも起こるんです。
特別に無茶な運転をしていなくても、水上バイクは思っているより簡単にひっくり返る乗り物です。
免許を取れば誰でも動かせてしまうし、少しの操作でそれらしく走れてしまう。
でも「簡単に乗れる」ことと「安全に乗れる」ことは、まったく別のものだと、私は体で覚えました。
だから私は「あの人が無謀だっただけ」とは思えませんでした。無茶をしていない日の自分にも、同じことは起こりうるからです。
今回、現場で何が起きたのかを、私が決めつけるつもりはありません。
ただ、乗る側には、外から見ているだけでは分かりにくい危うさがある。
そのことだけは、乗る立場から静かに置いておきたいと思いました。
だから私は、怖い日は「やらない」を選んでいる
こんなふうに書くと、ずいぶん臆病な人間に思われるかもしれません。
それでも私は、天気が悪い日や、波が高い日は、とりあえず乗りません。
理由は難しいことではなくて、ただ「怖いから」です。
私はキャンプのついでに釣りもするし、素潜りもします。
水の中に入る遊びをいくつもやってきたぶん、天気が崩れたときの水面の怖さは、体でなんとなく知っているつもりです。
何をどう楽しむにしても、最後は命が一番大事だと思っています。
だから波浪警報が出ているような日は、さすがに乗りません。
出かける前には、ニュースで天気を確かめてから向かうようにしています。
これは、誰かに「そうしなさい」と言われて決めたルールではありません。
自分が怖いと感じる線の手前で、勝手に止まっているだけなんです。
水と天気の前で、私が思っていること
・簡単に乗れることと、安全に乗れることは、別ものだと感じている
・攻めたくなる気持ちは否定しない。でも怖い日は、自分はやらない
・線を引くのは、誰かに決めてもらうことではないと思っている
娘が「楽しそう」と言った日から、他人事じゃなくなった
このニュースを、私が他人事として読み流せなかった理由が、もう一つあります。
私には小学生の娘がいます。
その娘が、最近になって水上バイクに興味を示すようになりました。
友達がやっているのを間近で見て、YouTubeでも動画をながめて、「楽しそう」と感じたようです。
子どもが目を輝かせてそう言うのは、親としては微笑ましいことです。
ただ同時に、いつか自分が家族を後ろに乗せて走らせる側になるかもしれない、と思いました。
そうなったとき、線を引くのは操縦している私です。
自分一人で乗るときの「怖いからやめておく」と、家族を乗せる日の「今日はやめておく」は、たぶん重さが違います。
守るものが後ろに座っている日は、判断の一つひとつが自分だけの問題ではなくなる。
だからこのニュースは、遠い場所で起きた他人の話には、どうしても思えませんでした。
線を引くのは、自分の問題なんだと思う
水上バイクは、免許さえ取れば、誰でも動かせてしまう乗り物です。
だからこそ最後に効いてくるのは、操縦の上手さよりも、「今日はやめておく」を選べるかなんだと、私は感じています。
この感覚は、キャンプの夜をどう過ごすかと、どこか似ています。
静かに過ごすか、遅くまでにぎやかに騒ぐか。
はっきりした決まりがないぶん、そこにはその人の価値観がにじみます。
法を破るのは論外として、そうでないところの線は、結局は自分で引くしかありません。
誰かにルールで厳しく縛ってほしいという話ではなく、楽しさを知っている側だからこそ、まず自分が気をつけていたい。
そのことを、今回のニュースはもう一度、私に考えさせました。
批判でも規制でもなく、自分の中に「ここから先はやめておく」という線を、静かに一本持っておく。
乗る楽しさを知っているぶん、その線は自分で引きたいと、あらためて考えています。
それでは皆さん、賢く『ゆるっと』豊かなアウトドアライフを!

