子どもと山に行くと、たいてい途中で「疲れた」が出て、行きたかったところまで行けないんですよね。
うちもそうです。それでもその日を失敗として持ち帰らずに済むようになったので、その順番を書かせてください。
みなさんこんにちは!ポロンノゆるっとキャンプ略してポロキャンです!
子どもと山を歩いていて、決めていたところまで届かないまま引き返した日があります。
一人で山へ通っていた頃の私なら、惜しんだまま帰っていたはずの一日でした。
いまはそう受け取らなくなっていて、その入れ替わりがどこで起きたのかを書いてみます。
子どもと外へ出る側になってから考え直したことは、水辺の側でも書きました。
▶︎ 大人がライフジャケットを着るかどうかを考え直した記事を読む
それでは早速いきましょう!
報道を読んで思い出した、途中で下りて帰った日
報じられているのは、富士山の6合目で起きた出来事です。
登っている途中で低学年くらいの子が「疲れた」とぐずり、その場にひとりで残ることになったといいます。
もうひとりの子どものほうは、そのまま先へ歩いていったそうです。
雨と霧のなかで保護され、けがはなかったとのことでした。
私が読みながら思い出したのは、うちの子が同じことを言い出して、登頂をやめて下りた日のことです。
同じ一日でも、山へ出かける目的をどこに置いていたかで、持ち帰るものが違っていました。
一人で歩いていた頃は、下りてくるまでが一日の型でした
昔の私は一人で山へ入るか、親と一緒に登ることが多かった。
そのころの目的ははっきりしていて、頂上まで行って景色を眺める。
ご飯を食べて、そのままのんびり過ごす。
ああ、よかったな、と達成感を抱えながら下りてくる。
そこまでで一日がひとつの型になっていて、届かなかった日は「途中までだった日」として残りました。
ソロキャンプで欲しかったのは、火を眺めて過ごす時間でした
ソロキャンプはいまでもしますが、あれは焚き火を眺めて、夜空を見上げて、ビールを飲んでのんびりする時間そのものが目的です。
非日常を味わう、という感覚が近い。
何かを成し遂げるのではなく、味わい切ることが目的という型なんだと思います。
だから静かに火を眺められた夜は、それだけで満ち足りるんです。
家族と行くようになって、同じようには過ごせなくなった
ソロキャンプとファミリーキャンプは、やっぱり目的が違います。
やっている方なら分かると思うのですが、家族で行くと全然わたわたで忙しい。
テントを立てて、荷物を出して、子どもを見て、ご飯の支度をしているうちに夜になります。
座って火を眺める時間は、そうそう回ってきません。
山のほうも同じで、人数が増えるほど自分のペースでは歩けなくなる。
正直に言えば、思い通りにならなくて苛立つこともあるし、それぞれの言い分もあるんですけどね。
焚き火をするはずだった夜に、火を落とした
その夜は焚き火をするつもりでいました。
ところが子どもから「一緒に寝たい」と言われたんです。
結局その日は火を落として、そのまま一緒に横になりました。
はじめのうちは、少し物足りなさが残っていたのも本当です。
ただ、そういう夜を何度か重ねるうちに、火のない夜のほうが当たり前になっていきました。
いつからかそのほうが心地よくなってきたんです。
できなかった日が失敗になるのは、目的がひとつしかないときでした
登頂だけを目的にしていれば、届かなかった日は失敗です。
焚き火だけを目的にしていれば、火を落とした夜も同じ扱いになります。
ところが目的の置き場所が家族との一日に移ると、その日の中身のほうが入れ替わりました。
起きたことは何ひとつ変わっていないのに、失敗の側に置いていたものが、その日にあったことの側へ動くんです。
決意して切り替えたわけではなく、気づいたら入れ替わっていて、一日の見え方まで一緒に変わっていました。
その日の中身になったのは、虫捕りや外で食べたカップラーメンでした
夏なら子どもたちとクワガタやカブトムシを狙って、捕まえるだけで十分に楽しい。
かっこいいキャンプ飯を作らなくても、カップラーメンを外で家族そろって食べられれば、それで足ります。
川で遊ぶのも、海で遊ぶのも、夕日を眺めるのも、花火をやるのも同じ並びです。
そういう要素がいくつか入っていれば、その一日は楽しい思い出として残ります。
うちの場合は家族で過ごす一日のほうが先にあって、山もキャンプもそこへ彩りを足してくれる側です。
いま家を出る前に、その一日をどう過ごすかだけ決めている
私はいまハイキングを再開していて、小学生の子ども2人と歩いています。
家を出る前に決めるのは、その一日をどう過ごしたいか、というところだけ。
軽く歩いて、届かなければ届かないままでいい、という置き方です。
実際、子どもが「疲れた」と言い出して、そのまま下りて帰った日もありました。
もっとも、そう決めておけば一日が思いどおりに運ぶ、という話でもないんですけどね。
同じ物差しは道具の選び方にも効いてきて、のんびりする時間を削らないように、焚き火料理はやめてガスへ移しました。
まとめ|下りて帰った日も、その日にあったことの側に残ります
報道から私が持ち帰ったのは、山の登り方ではなく、目的をどこに置くかという話のほうでした。
一人で歩く日に頂上を目指すことは、いまでも変わっていません。
ただ、家族と出かける日にまで同じ物差しを持ち込むのは、やめました。
次に山へ向かう朝も、玄関を出る前に、その一日をどう過ごしたいかを自分の中に置いてから歩き出すつもりです。
そこさえ決まっていれば、子どもが「疲れた」と言った時点で一日が終わるわけではなくなるので。
家族で遊ぶ日にどこまで線を引くか、という話も以前に書いています。
▶︎ 水上バイクの転覆事故と家族で遊ぶときの線引きの記事を読む
それでは皆さん、賢く『ゆるっと』豊かなアウトドアライフを!


