みなさんこんにちは!ポロンノゆるっとキャンプ略してポロキャンです!
先日、北海道の海で、5人が乗ったゴムボートが転覆しました。
4人は自力で戻ったものの、お一人が亡くなったと報じられています。
亡くなった方に、静かに手を合わせたいと思います。
私は北海道でキャンプなどのアウトドアをしていて、船の免許も持っているので、夏はゴムボートを浮かべてキャンプを楽しむこともあります。
こういうニュースが出ると、コメント欄はいろいろな声で埋まります。
どの声にも、もっともな部分があると思います。
そのうえで、乗る側の私が今日書いてみたいのは、その先にある「条件の重なり」のほうです。
夜・海の状態・積み方・ライフジャケット——こうした条件が一つずつ重なったとき、危うさは誰の隣にも立ち上がります。
今日はその「条件が重なる」という感覚を、乗る側の私の言葉で書いてみます。
この記事のポイント
・「なぜ着なかったのか」の先にある、乗る側にしか見えない条件の重なりが分かる
・「ゴムボートは転覆しにくい」がどんな前提の上に成り立つ話なのかを知れる
・一つずつなら「大丈夫」に見える条件が、静かに重なったときにこそ危うい——その見方を共有します
水辺のレジャーとどう向き合うかは、季節が巡るたびに私が考え直してきたことです。
▶︎水辺のレジャーで自分が気をつけたいことを書いた記事も読む
それでは早速いきましょう!
原因の詳しいことは、まだ分かっていません
報道では、密漁の可能性もあるとみて海上保安庁が話を聴いている、とされています。
ただ、理由も状況もまだ分かっていない段階で、私がそれを決めつけるつもりはありません。
どんな事情があったにせよ、私が今日見つめたいのは、水辺に出るときの「条件」のほうです。
「ゴムボートは転覆しにくい」は、条件がそろって初めて言える
「ゴムボートは安定していて転覆しにくい」という言い方を、よく耳にします。
幅の広い船体には、乗ってみると確かに初期の落ち着きがあります。
ただ私の実感では、それは穏やかな水面・適正な積み方・偏りのない荷重が、同時にそろったときに限られます。
どれか一つでも崩れれば、その落ち着きはあっさり前提から外れます。
海上保安庁も、小型で軽いミニボートは揺れやすく不安定で、立ち上がるなどして重心が高くなると復原力が失われやすい、と注意を促しています。
横からの波や後ろからの波も、浸水や転覆につながりやすいそうです。
安全に走れる目安は、波の高さ20センチほど・風速4メートル以下、とも示されています。
数字で見ると、私たちが「今日は穏やかだ」と感じるより、ずっと狭い範囲なんです。
つまり「転覆しにくい」は、いつでも成り立つ性質ではありません。
あくまで条件つきの話なのだと、私は水辺に出るたびに思い出します。
夜に落ちるのは復原力ではなく「気づく力」、定員は道具込みで考える
夜の海の上は、乗る側の実感として、とにかくこわい場所です。
ゴムボートは明かりが乏しく、波の高さも岸の位置も、目で追うのが難しくなります。
私自身、夜釣りをしていても、沖に浮かぶゴムボートには岸からまず気づけません。
それくらい、夜の水面では互いの姿が見えなくなります。
海保も、夜間は他の船から見えづらく、目線の低いミニボートからは周囲を確かめづらい、と注意を促しています。
これは、夜そのものがボートを転覆させるという話ではありません。
危険に気づいて避ける力、異変が起きたときに立て直す力——夜に落ちるのは、そちらのほうです。
見えないぶん、条件が崩れ始めても気づくのが遅れる。それが夜の本当のこわさだと私は感じています。
定員についても、似た感覚があります。
5人乗りとされていても、道具まで積み込むと、私の実感では2〜3人がやっとです。
数字の上の定員と、余裕をもって浮いていられる人数は、別物だと感じています。
定員に届いていなくても、荷物の寄せ方しだいで安全の余白は静かに削れます。
乗る側が見ている「条件」
・「転覆しにくい」は、穏やかな水面・適正な積み方・偏りのない荷重が前提
・夜は転覆しやすくなるのではなく、危険に気づいて避ける力が落ちる
・定員に届いていなくても、道具や荷重の寄せ方で安全の余白は縮む
こわいのは、「一つくらい大丈夫」が重なるとき

ここまで条件を一つずつ見てきましたが、やっかいなのは、どれも単体なら「今日はこれくらい平気だろう」と思えてしまうことです。
夜の暗さも、海の状態も、荷物や人数も、そしてライフジャケットも。
着けるのはもう当たり前のことですが、それでも「動きづらいし、なくてもいいかな」と気がゆるむ瞬間は、正直、私にもあります。
この「一つくらいなら」という小さな油断は、たぶん誰の中にも残っているものだと思います。

問題は、その「一つくらい」が、いくつも静かに重なったときです。
夜で、視界がきかなくて、荷物も多くて、気のゆるみも少しあって。
どれも単体なら乗り越えられたはずのものが、積み重なった瞬間に、一気に危うさへ変わっていく。
事故のニュースを見るたび、私はいつも、この「重なり」のことを考えてしまいます。
だから私は、「いくつ重なったか」で数える
条件をゼロにすることは、水辺ではできません。
だから私にできるのは、その日の条件を一つずつ数えて、重なりすぎる前に引き返すことくらいです。
「今日は夜だし、風も出てきた。それなら沖には出さない」——そんなふうに、自分の中で線を引く。
気合いや気分ではなく、「重なったらやめる」を、自分のルールにしておくのです。
夏になれば、同じようにゴムボートで海に出るのは、ほかならぬ私自身です。
だから今回のことも、遠い場所の話としては読み流せませんでした。
条件が重なれば、危うさは誰の隣にも立ち上がる——そう思うからです。
まとめ
私がこの一件で考えたのは、あの夜、水辺に出る条件がいくつ重なっていたのだろう、ということでした。
穏やかな水面・積み方・荷重がそろって初めて「転覆しにくい」は成り立ちます。
夜になれば、危険に気づいて避ける力から先に削られていきます。
定員に余裕があるつもりでも、道具の寄せ方ひとつで安全の余白は静かに縮みます。
どれも一つずつなら、「今日は大丈夫」と思えてしまうものばかりです。
だからこそ私は、条件がいくつ重なったかを数えて、増えすぎる前に足を止めたい。
今回のニュースは、その「線」を自分の中でもう一度引き直す、きっかけになりました。
あなたなら、条件がどこまで重なったとき、水辺で足を止めますか。
水辺の安全や装備そのものについては、以前べつの記事でも書いています。よろしければ、あわせて読んでみてください。
それでは皆さん、賢く『ゆるっと』豊かなアウトドアライフを!

